私が住む地元佐久市にあるシネコン、佐久アム・シネマが本日28年の歴史に幕を閉じました。これをもって佐久市に映画館が無くなるという悲しい事態となりました。私が子供の頃から高校まで通い詰めた映画館の閉館の歴史をたどると・・・
・1975年閉館 中込座(火事で焼失)
・1986年閉館 野沢演芸館
・1988年閉館 岩村田ロマンス座
という感じになります。市内の他の映画館をみると
・1999年閉館 望月川西座 (*市町村合併前の望月町)
・2005年閉館 佐久グランドシネマ
なので、シネコンとしてオープンした佐久アム・シネマの映像文化の発信地としての役割はとても大きかったと思います。また、本格的な"ロードショー"シアターでした。私が通っていた中込座、野沢演芸館、岩村田ロマンス座あたりはいわゆる二番館だったので、ロードショーから遅れての2本立ての上映でした。
最後の日は、地元小海町出身で私の母校野沢北高校のOBである新海誠監督の『すずめの戸締まり』を鑑賞しました。新海監督は先日、舞台あいさつに訪れていました。彼の『君の名は。』はアム・シネマでも大ヒットして後の大ヒット作『鬼滅の刃』の興行成績にも敗れることはありませんでした。ローカルの映画興行ビジネスはとても難しいものがあります。近年ヒットコンテンツの偏りが局地化して、アニメ中心の編成となり、邦画はTV局映画だらけの状況から抜け出せない(今のジャニーズ問題にも密接に絡んでいる)、洋画も焼き直しが多くてヒットがない・・・という大人が楽しめる作品のラインナップが薄くなる環境下での集客は本当に難しいものがあります。地元民が声を上げて再興するにも、"地場の興行会社"相手というのもチャレンジングな面があるでしょう。映画や音楽は"出会い"であり、発信する場所がなくてはその町の文化が劣化していきます。サブスクリプションやネットだけで拾っていくには限界があり、なんとか映画を観られる環境がいつかまたできることを願うばかりです。それまでは観たい映画があったら、上田まで行くしかないのか・・・というところです。
■すずめの戸締まり








★よかったらクリック&フォローお願いします!!
■ハイクオリティな「食品商品開発・メニュー開発・レシピ作成」をご提供■
■■■想い出の写真を集めて、自分史(ライフヒストリー)を作りませんか?■■■
・1975年閉館 中込座(火事で焼失)
・1986年閉館 野沢演芸館
・1988年閉館 岩村田ロマンス座
という感じになります。市内の他の映画館をみると
・1999年閉館 望月川西座 (*市町村合併前の望月町)
・2005年閉館 佐久グランドシネマ
なので、シネコンとしてオープンした佐久アム・シネマの映像文化の発信地としての役割はとても大きかったと思います。また、本格的な"ロードショー"シアターでした。私が通っていた中込座、野沢演芸館、岩村田ロマンス座あたりはいわゆる二番館だったので、ロードショーから遅れての2本立ての上映でした。
最後の日は、地元小海町出身で私の母校野沢北高校のOBである新海誠監督の『すずめの戸締まり』を鑑賞しました。新海監督は先日、舞台あいさつに訪れていました。彼の『君の名は。』はアム・シネマでも大ヒットして後の大ヒット作『鬼滅の刃』の興行成績にも敗れることはありませんでした。ローカルの映画興行ビジネスはとても難しいものがあります。近年ヒットコンテンツの偏りが局地化して、アニメ中心の編成となり、邦画はTV局映画だらけの状況から抜け出せない(今のジャニーズ問題にも密接に絡んでいる)、洋画も焼き直しが多くてヒットがない・・・という大人が楽しめる作品のラインナップが薄くなる環境下での集客は本当に難しいものがあります。地元民が声を上げて再興するにも、"地場の興行会社"相手というのもチャレンジングな面があるでしょう。映画や音楽は"出会い"であり、発信する場所がなくてはその町の文化が劣化していきます。サブスクリプションやネットだけで拾っていくには限界があり、なんとか映画を観られる環境がいつかまたできることを願うばかりです。それまでは観たい映画があったら、上田まで行くしかないのか・・・というところです。
■すずめの戸締まり






★よかったらクリック&フォローお願いします!!
■ハイクオリティな「食品商品開発・メニュー開発・レシピ作成」をご提供■
■■■想い出の写真を集めて、自分史(ライフヒストリー)を作りませんか?■■■


コメント
コメント一覧 (2)
佐久も生活は便利になりましたが、映画館が無くなるのは寂しい限りです。
ラグビー気狂いです。菅平にもよく行きました。