
日本映画専門チャンネルでオンエア。<デジタルリマスター版>での放映だったので、録画しました。ゲストとして橋本忍氏と共同で本作の脚本を担当した山田洋次氏のインタビューがありました。『砂の器』は松本清張の映画作品の中では、『ゼロの焦点』『影の車』『天城越え』と並んで私の好きな1本です。DVDが発売されたときに買って持っていたのですが、後にデジタルリマスター版のブルーレイが発売される情報を得て、譲ってしまいました。ところがブルーレイを買いそびれたまま時は流れ、発売当時より市場価格が上がってしまったため結局買わずじまい…今回のオンエアは私にとってはラッキーでした。日本映画専門チャンネルは東宝を中心とした資本構成であり、松竹作品は衛星劇場という専門チャンネルもあることからあまりオンエアはされませんが、橋本プロが資本出資した第一回作品ということもあってのオンエアだったのか、本作含め出資しているシナノ企画絡みの作品のオンエアの一環だったのかはよくわからないです。
本作は1974年の作品。当時私はまだ小学生低学年だったので劇場では未見。おそらく本作より先に、1977年にフジテレビでドラマ化された『砂の器』を観ていると思います。ちなみに大好きな『犬神家の一族』は1976年。原作は松本清張作品の中では長編で、映画は登場人物をスリムにして悲しき親子のロードムービーと壮大な音楽、犯人を粘り強く追う刑事たちというエッセンスが融合した感動的な一作になっている。この橋本忍・山田洋次脚本・脚色バージョンがのちに何度もテレビドラマ化された本作の基本バージョンとして定着することになった。このあたりの製作のエピソードは今回の山田洋次氏のインタビューでも語られている。特に原作ではボリュームの薄い親子の旅の部分やハンセン病の部分に着目して、一気に脚本が進んだとのこと。ただ、昭和30年代にスタートした本作の製作はお蔵入りとなってしまい、のちに橋本忍氏が自ら橋本プロを設立して、松竹と折半で製作にこぎつけた執念の苦心作だった。
作品について
原作:松本清張
脚本:橋本忍/山田洋次
作品個々によるのだろうが松竹はフィルムの保存状態が良いスタジオだと思う。本作もレストアされてとても美しい映像でした。作品自体は素晴らしいので今更中身について語るつもりはないのだが、ずっと気になっていたのは犯人の動機の曖昧さ。原作でも指摘されていたが、犯人(和賀英良)の身勝手さが際立った殺人事件という印象で、犯人親子にとって生涯の恩人である被害者をなぜ殺してしまったのかという動機の希薄なところを映画で補完している印象を受けた。人から恨みを買ったことのない善人の鏡のような被害者のある意味、面倒見の良さ、実直さ、頑固さが仇となって殺されてしまったのではないかという一つの答えを"宿命"演奏中のシーンにインサートすることで落としどころをつけている。このあたりは、Wikiでも触れられている。出演:丹波哲郎/加藤剛/森田健作/島田陽子/山口果林/加藤嘉/笠智衆/松山省二/内藤武敏
原作の大きな欠点として、犯人の殺人に至る動機が説得力に欠けていることが多くの識者らよって指摘されている。原作では、今西が「同人は自己の将来のために、あるいは自己の地位の防衛のために、三木謙一の殺害を思い立ったのでございます」と説明しているが、その程度の単純な動機で自分たち親子の命の恩人を手にかけてしまうものなのか、稀代の善人である三木ならば、犯人が懇願すれば秘密は絶対に口外しないのではないかなどの疑問が生じるために、本作の評価を落とす原因になっている。この点について、ノンフィクション作家、映画・音楽評論家の西村雄一郎は、映画における改変として、生きていた本浦千代吉に和賀を会わせようとした三木に「ワシゃあ、お前の首に縄…縄付けてでも、引っ張っていくから、来い!」という台詞を喋らせたことを挙げて、「和賀は、自分の暗い過去を思い出し、頭で抱くイメージの中で父に会っていた。そのイメージを大切にし、芸術的に昇華させて、『宿命』という作品を作っていた。ところが、その重要な創作の中途で、生きている父に会わされそうな立場に落とされたのだ。会えば、そのイメージは崩壊し、今まで構築してきた芸術作品は一気に崩れてしまう」「自分は強引に父の前に引き立てられるに違いない。そう思った和賀は、被害者を殺さざるを得なかったのだ」と解釈している。西村はこの推理を直接野村芳太郎にぶつけているが、野村はただニヤニヤするばかりで、正しいとも正しくないとも返事をしなかったという。映画の中の犯人・和賀英良(加藤剛)も野心の塊の冷徹な男という感じでもない。己の悲しい生い立ち故に極度なリアリストになっているのではないかと感じた。婚約者には「幸せなんていうものがこの世の中にあるのかい。元々そんなものはないのさ。ないからみんながそんな影みたいなものを追っている。」と言う。愛人を妊娠させて堕胎を執拗に迫るのは、彼女の存在が自身の野望の妨げということもあるが、親子というものに対する畏怖があるのではないかと思いました。だからこそ、"宿命"については、「生まれてきたこと、生きているということ」が主題になっているのだと思います。
事件を粘り強く丹念に追う今西刑事(丹波哲郎)と若手の吉村刑事(森田健作)も好演。テレビシリーズのようにプライベートは描かれないが、ストリーテラーとして重要な存在である。森田健作の若くて精悍なこと。2019年の台風の失態やコロナ対応など千葉県知事としての彼はグダグダだがこの映画では輝いている。島田陽子も綺麗だった。当時の"清純派"の代表格で本作では脱いでいる。後の『黄金の犬』(1979年)ではニプレスをつけていて観客を驚かせたのが懐かしい。
※TVシリーズにも触れたいと思っていますが、集中力がまだ戻っていないので、後日追記したいと思います。
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コメント
コメント一覧 (2)
トップリーグが延期になってラグビーも一休みという状況ですが、映画を観るには良い機会かもしれません。もともと劇場派なのでDVDでは物足りなさがありますが、コロナを考えるとやむを得ないと納得しています。
「砂の器」リバイバル上映もふくめて4〜5回観た好きな映画の一つです。原作を読んでからの鑑賞だったので、ストーリーは分かっていましたが、それがどのように表現されるのか楽しみにしながら足を運んだのを覚えています。(何回も観ているのに、DVDは持っていません。日本映画はなぜあんなに高いのでしょう。3,000から4000円となるとなかなか手がでません。)
余談ですが「異人たちとの夏」もよかったです。下町の路地やすき焼き屋の夕景など何か異空間に漂っているような不思議な感覚にとらわれる映画でした。