なんとなく平成が終わりますね。昭和➡平成に変わるときと雰囲気も違う。まあこんな時代の中で、改元自体も政治利用される今日この頃ですから仕方ないか。
平成になったときは23歳。社会人1年目でした。そこから30年ですから、人生でいちばん色々なイベントを経験しました。出会いと別れ、一応結婚なども経験しました。仕事は転々と…というほどは変わってませんが勤めた会社は4社ほど。今は独立して自営業になりました。職種的に終身雇用はないだろうと思っていたので、定年まで勤め切ろうという意識は希薄でしたが、結局のところ勤めた会社自体もその間、離合集散して無くなっているところも多く、とどのつまり世の中で定年まで勤められる会社はよほど安定しているか、絶対潰れない大手企業系(その絶対が絶対でなくなったのが平成だったのですが)か、公務員系なのでしょう。
そんなこんなで、平成最後の日に、自身が関わった仕事の思い出とともに私自身の振り返りを備忘録として〜。
■平成元年〜平成2年

新卒で入社したレコード会社で平成元年を迎えました。大手GMS(その後倒産して今はイオンの傘下)資本だったので、音楽の仕事以外の広告販促なども幅広く経験させてもらいました。当時はまだEP/LPレコードもあり、CDへの移り変わりの時期でした。"働き方改革"などと言われる現在ですが、当時は休みなく夜中まで働いていました。それでも楽しくて、色んなことを学べた時期でした。バブル経済と時期は重なりますが、美味しい思いは無かったですね。ただ、忘年会のビンゴの景品が豪華だったのは覚えています。あの頃は、働いて欲しいものを揃える楽しみがありました。今では考えられないけれども、社内喫煙が当たり前の会社でしたね。
■平成2年〜平成25年

ここで初めての転職。音楽から映画の道に身を投じて計3社で勤務。全部外資系でした。振り返ると、こちらの方が自分には水が合っていたと思います。入った当時は、まだVHSの時代でした。3社目の途中からDVD主流になって、ブルーレイに徐々に移り変わりました。マーケットのダイナミズムみたいなものを体感しながら、色んな作品に関われた幸せな時期です。この頃に、結婚したり家を買ったり、色々ありました。かれこれ20年以上も身を置いた世界です。ここまでの約25年は、自分の好きな事と仕事の親和性が高かったことが何よりも幸せでした。
■平成25年〜平成31年
慣れ親しんだ業界を離れて、新しいチャレンジをすることに。ここからは、学ぶことの楽しさと大切さを感じました。本を読んだり学校に通ったり、少し世界が広がった感じがします。
自営業になり、モノを生み出すというよりサービスを提供する仕事になったので、視覚的に見える仕事ではなくなります。よって、絵はありません。今の仕事に着くことは想定はしていませんでしたが、これも縁なのだと思います。
もともと不器用な生き方しかできないので、公私ともに損をすることも多く、貧乏くじをよく引かされました。それでも何となく生きてこられました。これまで支えてくれた周囲の方に、本当に心から感謝いたします。
明日から「令和」らしいですが、人に迷惑をかけない程度につつましく生きていきたいと思います。長生きは望みませんが、健康だけは大切にしていきたいと思います。ここだけ逆説的です。
皆様もご健勝で新しい時代をお迎えいただきますよう、お祈り申し上げます。
平成になったときは23歳。社会人1年目でした。そこから30年ですから、人生でいちばん色々なイベントを経験しました。出会いと別れ、一応結婚なども経験しました。仕事は転々と…というほどは変わってませんが勤めた会社は4社ほど。今は独立して自営業になりました。職種的に終身雇用はないだろうと思っていたので、定年まで勤め切ろうという意識は希薄でしたが、結局のところ勤めた会社自体もその間、離合集散して無くなっているところも多く、とどのつまり世の中で定年まで勤められる会社はよほど安定しているか、絶対潰れない大手企業系(その絶対が絶対でなくなったのが平成だったのですが)か、公務員系なのでしょう。
そんなこんなで、平成最後の日に、自身が関わった仕事の思い出とともに私自身の振り返りを備忘録として〜。
■平成元年〜平成2年

新卒で入社したレコード会社で平成元年を迎えました。大手GMS(その後倒産して今はイオンの傘下)資本だったので、音楽の仕事以外の広告販促なども幅広く経験させてもらいました。当時はまだEP/LPレコードもあり、CDへの移り変わりの時期でした。"働き方改革"などと言われる現在ですが、当時は休みなく夜中まで働いていました。それでも楽しくて、色んなことを学べた時期でした。バブル経済と時期は重なりますが、美味しい思いは無かったですね。ただ、忘年会のビンゴの景品が豪華だったのは覚えています。あの頃は、働いて欲しいものを揃える楽しみがありました。今では考えられないけれども、社内喫煙が当たり前の会社でしたね。
■平成2年〜平成25年

ここで初めての転職。音楽から映画の道に身を投じて計3社で勤務。全部外資系でした。振り返ると、こちらの方が自分には水が合っていたと思います。入った当時は、まだVHSの時代でした。3社目の途中からDVD主流になって、ブルーレイに徐々に移り変わりました。マーケットのダイナミズムみたいなものを体感しながら、色んな作品に関われた幸せな時期です。この頃に、結婚したり家を買ったり、色々ありました。かれこれ20年以上も身を置いた世界です。ここまでの約25年は、自分の好きな事と仕事の親和性が高かったことが何よりも幸せでした。
■平成25年〜平成31年
慣れ親しんだ業界を離れて、新しいチャレンジをすることに。ここからは、学ぶことの楽しさと大切さを感じました。本を読んだり学校に通ったり、少し世界が広がった感じがします。
自営業になり、モノを生み出すというよりサービスを提供する仕事になったので、視覚的に見える仕事ではなくなります。よって、絵はありません。今の仕事に着くことは想定はしていませんでしたが、これも縁なのだと思います。
もともと不器用な生き方しかできないので、公私ともに損をすることも多く、貧乏くじをよく引かされました。それでも何となく生きてこられました。これまで支えてくれた周囲の方に、本当に心から感謝いたします。
明日から「令和」らしいですが、人に迷惑をかけない程度につつましく生きていきたいと思います。長生きは望みませんが、健康だけは大切にしていきたいと思います。ここだけ逆説的です。
皆様もご健勝で新しい時代をお迎えいただきますよう、お祈り申し上げます。
コメント
コメント一覧 (4)
親世代が直面している問題で、親には例えそうでも 生きていて欲しいと思うのですが、私自身は…
お返事ありがとうございました。朝から青空気持ちがいいです♪
いろいろとお心遣いありがとうございます。
コメントの主旨は伝わっておりますので、ご心配なく。
自分の祖父母や両親には長生きしてもらいたいと思いながら、自分はあまりそう思わないのは、自分自身が自分のことがわからくなるような年まで生きたくない(その時は誰かの世話になっているだろうし)という思いが強いからなのでしょうね。
これからも 楽しみに読ませていただきますね♪