作詞家の阿久悠さんが無くなられた。享年70歳。

「北の宿から」など作詞家の阿久悠さんが死去8月1日16時4分配信 スポーツ報知

 5000以上の曲を作詞した“20世紀最大の作詞家”阿久悠(本名・深田公之)さんが1日午前5時29分、尿管がんのため死去した。70歳。兵庫県出身。ピンク・レディーの「UFO」、「サウスポー」、都はるみの「北の宿から」などポップス、演歌、アニメなど幅広く活躍し、数え切れないほどのヒット曲を連発。昭和歌謡史そのものといってもいいほどの存在だった。

 葬儀は近親者のみで行い、後日「送る会」を開く。

 1967年、作詞家デビュー。山本リンダの「どうにもとまらない」、森昌子の「せんせい」、都はるみさんの「北の宿から」など、アイドルポップスから演歌までジャンルを問わず大ヒットを繰り出した。70年代半ばからは、沢田研二と組み「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」をヒットさせたほか、歌手オーディション番組の審査員を務め、「UFO」のピンク・レディーや山口百恵、桜田淳子を発掘し、歌謡曲の黄金期を築いた。

 小説も執筆し、淡路島で育った体験を生かした「瀬戸内少年野球団」が映画化された。99年、紫綬褒章を受章した。<ここまで>

私の記憶に残る阿久悠さんは、アイドルの登竜門的番組だった『スター誕生』での、とても厳しい審査員。その審美眼で山口百恵やピンクレディーなど数多くのスターを世に送り出して、彼らに名曲を与え続けてきたのです。合掌。